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No. |
資料番号 |
資料種別 |
請求記号 |
配架場所 |
状態 |
貸出
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1 |
0015557101 | 電子図郷土 | DK369/3/ | 書庫 | 禁帯出 |
× |
2 |
0015639008 | 電子図郷土 | DK369/3A/ | 書庫 | 禁帯出 |
× |
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書誌情報サマリ
タイトル |
岡山孤児院の2つの災害での貧孤児収容と同院の個別支援の歴史的役割の総合的研究[CD-ROM]
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人名 |
菊池 義昭/[ほか]著
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人名ヨミ |
キクチ ヨシアキ |
出版者・発行者 |
菊池 義昭
|
出版年月 |
2020.3 |
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
書誌種別 |
郷土図書 |
タイトル |
岡山孤児院の2つの災害での貧孤児収容と同院の個別支援の歴史的役割の総合的研究[CD-ROM] |
タイトルヨミ |
オカヤマ コジイン ノ フタツ ノ サイガイ デノ ヒンコジ シュウヨウ ト ドウイン ノ コベツ シエン ノ レキシテキ ヤクワリ ノ ソウゴウテキ ケンキュウ |
人名 |
菊池 義昭/[ほか]著
|
人名ヨミ |
キクチ ヨシアキ |
出版者・発行者 |
菊池 義昭
|
出版地・発行地 |
[出版地不明] |
出版・発行年月 |
2020.3 |
ページ数または枚数・巻数 |
1枚 |
大きさ |
12cm |
価格 |
非売品 |
注記 |
科学研究費基盤研究C 課題番号15K03962/収録論文の全文プリントアウト可 |
分類記号 |
369
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件名 |
岡山孤児院
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言語区分 |
jpn |
タイトルコード |
1009812439609 |
目次
内容細目
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(0)論文集 はじめに 目次
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(1)岡山孤児院の里預制と地区世話役の登場―御津郡馬屋下村の事例を中心に―
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(2)明治期の濃尾大震災と東北三県凶作での役割
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(3)日本の災害福祉の歴史とその役割に関する一提案
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(4)岡山孤児院の2つの災害での貧孤児収容とその歴史的役割の概要
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(5)濃尾大震災での岡山孤児院の位置と震災孤児院の養護実践の内容
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(6)濃尾大震災で岡山孤児院が収容した震災孤児の震災前後の生活状態の分析-個々の震災孤児の収容の背景と原因を中心に-
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(7)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への養護実践などの歴史的役割-1911年から1914年までに退院した東北児を中心に-
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(8)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への養護実践の歴史的役割(2)-1915年から1917年までに退院した東北児を中心にー
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(9)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への養護実践の歴史的役割(3)-1918(大正7)年に退院した東北児を中心に-
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(10)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への児童養護実践の歴史的役割(4)-1919(大正8)年と1920(大正9)年に退院した東北児を中心に-
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(11)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への養護実践の歴史的役割(5)-1921(大正10)年に退院した東北児を中心に-
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(12)東北三県凶作で岡山孤児院が収容した長期在院児への養護実践の歴史的役割(6)-1922年以降に退院した東北児と1920年以前の退院児の退院後のあゆみを中心に
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(13)岡山孤児院の農場学校開校1 年目の教育実践の内容とその実績
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(14)岡山孤児院の茶臼原農場学校の開校と実習教育に関する資料 中四福祉史研究14号_P41-57
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(15)岡山孤児院の茶臼原農場学校での2年目の教育実践の内容とその実績
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(16)岡山孤児院の茶臼原農場学校での3年目の教育実践の内容と練習農場の開設
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(17)茶臼原農場学校で作成した『大正六年茶臼原農場學校實習要綱』について
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(18)岡山孤児院の茶臼原農場学校での4年目の教育実践の内容とその実績ー
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(19)岡山孤児院茶臼原農場学校卒業生の殖民としての独立との結婚への取り組み
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(20)岡山孤児院の茶臼原農場学校での5年目の教育実践の内容と組織改編 東北社会福祉史研究35号菊池義昭
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(21)岡山孤児院の茶臼原農場学校での5年目の教育実践の成果(1)-ある農場学校生の1月から3月の日誌分析を通して-
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(22)岡山孤児院の農場学校での茶臼原5年目の教育実践の成果(2)―ある農場学校生の4月から8月の日誌分析を通して―
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(23)岡山孤児院の茶臼原農場學校での6年目の教育実践と卒業生の殖民への移行
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(24)岡山孤児院の茶臼原農場学校での7年目の教育実践と農学科の廃止
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(25)松本圭一の第3回国際労働会議での発言と行動の内容
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(26)岡山孤児院の茶臼原農場學校の廃止と茶臼原農村づくりへの移行
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(27)大正期の岡山孤児院の大原孫三郎理事の経営手法とその思想(1)―理事就任前後の経営手法とその思想の内容分析を中心に―
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(28)大正期の岡山孤児院の大原孫三郎理事の経営手法とその思想(2)―理事就任後の経営手法とその思想の内容分析を中心に―
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(29)大正期の岡山孤児院での大原孫三郎理事の2年目の経営とその実践内容(1)
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(30)大正期の岡山孤児院での大原孫三郎理事の2年目の経営とその実践内容(2)
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(31)岡山孤児院音楽幻燈隊の弘前市での慈善音楽幻燈会の活動実態
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(32)岡山孤児院の音楽幻燈(活動写真)隊の北海道内での活動実態-1900(明治33)年8月の函館区と札幌区での活動内容を中心に-
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(33)岡山孤児院の音楽幻燈(活動写真)隊の北海道内の巡回活動の実態―1900(明治33)年9月から1903(同36)年8月からの活動を中心に―
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(34)岡山孤児院の賛助員の全国的なネットワークシステムの構築展開過程の実態とその歴史的役割―研究課題と時期区分及び分析課題―
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(35)岡山孤児院の賛助員の全国的な支援ネットワークシステムの構築―1898年5月の着手から1899年までを中心に―
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(36)解説『子供の世紀』の創刊の社会的背景を考える―大阪児童学会での三田谷啓の活動などを通して―
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(37)大正期に実施された児童愛護デーの全国的運動の実態
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(38)1923年の児童愛護デーの全国的な運動の展開
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(39)1923年の大阪市でのコドモ博覧会とこども愛護デーの活動実態
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(40)1924年の児童愛護デー関連の全国的な運動の内容
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(41)昭和戦前期の岩手県における乳幼児愛護週間の実践とその史的展開
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(42 )日本における里親制度の歴史研究のために
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(43)財団法人弘済会育児部(園)の収容児童と里子養育(特別養育児)の動向および生駒地方の里親村との関係
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