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書誌情報サマリ

タイトル

京都学派の越境

人名 川上 英明/著
人名ヨミ カワカミ ヒデアキ
出版者・発行者 東京大学出版会
出版年月 2026.1


書誌詳細

この資料の書誌詳細情報です。

書誌種別 図書
タイトル 京都学派の越境
サブタイトル 田邊哲学の系譜における<教育と政治>のゆくえ
並列タイトル THE KYOTO SCHOOL'S CROSSING OF BOUNDARIES:The Trajectory of Education and Politics in the Genealogy of Tanabe Hajime's Philosophy
タイトルヨミ キョウト ガクハ ノ エッキョウ
サブタイトルヨミ タナベ テツガク ノ ケイフ ニ オケル キョウイク ト セイジ ノ ユクエ
人名 川上 英明/著
人名ヨミ カワカミ ヒデアキ
出版者・発行者 東京大学出版会
出版者・発行者等ヨミ トウキョウ ダイガク シュッパンカイ
出版地・発行地 東京
出版・発行年月 2026.1
ページ数または枚数・巻数 12,262,28p
大きさ 22cm
価格 ¥8500
ISBN 978-4-13-056248-5
ISBN 4-13-056248-5
注記 文献:巻末p11〜28
分類記号 371.21
件名 教育学-歴史
件名 森 昭久野 収田辺 元
件名 モリ アキラクノ オサムタナベ ハジメ
内容紹介 京都学派の成立を語る上で欠かせない哲学者、田邊元。その哲学と、弟子にあたる教育学者の森昭および思想家・活動家の久野収の教育思想との思想史的な系譜を明らかにする。
著者紹介 東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。山梨学院短期大学保育科准教授。第19回教育思想史学会奨励賞を受賞。
言語区分 JPN
タイトルコード 1009812902902
目次 序章 「京都学派の越境」への問い
第一節 本書の背景と目的/第二節 「京都学派と教育学」研究の現状と本書の位置づけ/第三節 本書の方法/第四節 森の思想の方法的区分および久野の思想と活動の略歴/第五節 本書の構成
第Ⅰ部 哲学と教育
第一章 教師論と懺悔道の交錯
第一節 なぜ森の教師論と田邊の懺悔道を取り上げるのか/第二節 戦前における森の教師論-田邊哲学から教育哲学へ/第三節 戦後初期における森の教師論-懺悔道との重なり/第四節 二律背反から限界状況へ-田邊哲学の相対化の萌芽/第五節 反復的決断-森の教師論における「決断主義」の問題
第二章 経験主義批判と認識論の問題
第一節 森の経験主義批判に対する田邊の「強い同感と賞讃」/第二節 行為的自覚としての認識-田邊の科学哲学認識論/第三節 操作主義的認識論における「自覚」の問題-森の経験主義批判/第四節 行為的自覚の系譜、あるいは経験主義批判の論脈/第五節 戦後教育学における経験主義批判の脱イデオロギー化の方へ/第六節 田邊哲学との関連性から見た経験主義批判のゆくえ
第三章 他者の人格の手段化に抗する道徳教育
第一節 道徳教育における他者性の問題と森の道徳教育論/第二節 他者の人格の手段化に抗して/第三節 未発の契機としての「自由に行為する者」/第四節 カント研究から道徳教育論へ/第五節 「種の論理」と道徳教育、その困難と可能性/第六節 「種の論理」から道徳教育における他者性へ
第Ⅱ部 緊張と偶然
第四章 人間生成の社会性と個体性
第一節 森と田邊における政治性の問題/第二節 一九三〇年代から敗戦直後までにおける田邊のハイデガー批判/第三節 森による田邊のハイデガー批判の受容/第四節 社会性と個体性をめぐる問題構制/第五節 森のハイデガー批判と教育人間学の政治性との可能性
第五章 人間生成の歴史性と自然性
第一節 歴史性と自然性の問題/第二節 道具と日常性、あるいは「もの」と日常性/第三節 自然的生命と歴史的生活との関係/第四節 歴史性と自然性の緊張における人間生成/第五節 人間生成に内在する発達論的含意の問題/第六節 人間生成の歴史性と自然性の緊張を見つめること
第六章 偶然性の問題
第一節 田邊と森における偶然性の問題/第二節 田邊における偶然性と目的論/第三節 森における偶然性と教育目的論/第四節 偶然を肯定し運命を愛すること/第五節 戦後教育学の発達論に伴う必然性を相対化するために/第六節 人間形成における偶然の「出来事」の思考へ
補論 森昭から久野収へ
第Ⅲ部 種の論理から市民主義の教育思想へ
第七章 種の論理から市民主義へ
第一節 本章の視点/第二節 京都学派のディアスポラとしての久野-田邊との師弟関係/第三節 民族と連帯-久野による種の論理批判の特質/第四節 種の論理から市民主義へ-久野による種の論理批判の批判/第五節 京都学派の思想圏から市民主義の教育思想の方へ
第八章 市民主義の教師論
第一節 戦後教育と久野の関係性/第二節 二十世紀市民教室における久野のプラグマティズム/第三節 教育の中立性と独立性/第四節 日教組との軋轢/第五節 プラグマティズムと生活綴方の思想/第六節 反「反ソ」・反「反共」の立場-ヨタヨタする思想/第七節 個人・独立・市民-市民主義の教師論
第九章 <教育と政治>の再構成のために
第一節 「教育政治学」と「社会的な重みのなさ」の問題/第二節 なぜ久野の道徳教育論なのか/第三節 久野の道徳教育論、あるいは英雄像の内在性・相対性・具体性/第四節 <教育と政治>の再構成の視点-文化・生活・民衆/第五節 文化活動による自己表現の政治性/第六節 市民主義の現代的可能性(1)アナーキズム的モーメント/第七節 市民主義の現代的可能性(2)フェミニズム的モーメント/第八節 <教育・政治・文化>の方へ
終章 京都学派の越境
第一節 各章の総括/第二節 京都学派の緊張と教育学への越境-臨床性と教育の脱政治化/第三節 京都学派の緊張と教育思想への越境-市民主義と教育の政治化/第四節 京都学派の越境、あるいは京都学派教育学にとって<政治>とは何か/第五節 今後の課題と展望



目次


内容細目

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