書誌種別 |
図書 |
タイトル |
メルロ=ポンティと<子どもと絵本>の現象学 |
サブタイトル |
子どもたちと絵本を読むということ |
タイトルヨミ |
メルロ ポンティ ト コドモ ト エホン ノ ゲンショウガク |
サブタイトルヨミ |
コドモタチ ト エホン オ ヨム ト イウ コト |
人名 |
正置 友子/著
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人名ヨミ |
マサキ トモコ |
出版者・発行者 |
風間書房
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出版者・発行者等ヨミ |
カザマ ショボウ |
出版地・発行地 |
東京 |
出版・発行年月 |
2018.10 |
ページ数または枚数・巻数 |
9,317p |
大きさ |
22cm |
価格 |
¥3500 |
ISBN |
978-4-7599-2235-6 |
ISBN |
4-7599-2235-6 |
注記 |
文献:p309〜314 |
分類記号 |
019.53
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件名 |
絵本
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件名 |
Merleau‐Ponty Maurice
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件名 |
メルロ・ポンティ モリス
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内容紹介 |
誕生して3年間に、子どもたちと絵本を読むことがどのような意味を持つのか。この時期は人の一生のなかでどのような意味を持つのか。メルロ=ポンティ「知覚の現象学」を手がかりに、子どもと絵本の関係性について考察する。 |
著者紹介 |
1940年名古屋市生まれ。大阪大学大学院文学部博士後期課程修了。青山台文庫主宰。絵本学研究所主宰。著書に「イギリス絵本留学滞在記」など。 |
言語区分 |
JPN |
タイトルコード |
1009812256508 |
目次 |
序章 子どもたちと絵本を読むということ |
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第Ⅰ部 私の「生」の現場、および「子どもたちと絵本を読む」という現場 |
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はじめに-私の「生」の現場 |
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第1章 私の「生」の現場-なぜ生きているのか、という問いから臨床哲学へ- |
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第1節 そもそもの「私」のはじまり/第2節 10歳の問い-「なぜ生きているのか」-/第3節 本を読む/第4節 大阪の千里ニュータウン/第5節 子育て/第6節 絵本の研究のためにイギリスへ/第7節 イギリスで理論書を読む授業に参加する/第8節 絵本学研究所を開設/第9節 大阪大学大学院の臨床哲学専門分野に参加する |
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第2章 「子どもたちと絵本を読む」現場-青山台文庫と「だっこでえほんの会」- |
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第1節 青山台文庫/第2節 日本における文庫活動について/第3節 青山台文庫の経過/第4節 現在の青山台文庫/第5節 「だっこでえほんの会」をスタートする/第6節 「だっこでえほんの会」の内容/第7節 「だっこでえほんの会」の卒業生 |
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おわりに-子どもたちがおかあさんの膝をおりる時 |
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第Ⅱ部 メルロ=ポンティと子どもの現象学 |
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はじめに-『知覚の現象学』における子ども |
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第1章 メルロ=ポンティと子どもの現象学 |
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第1節 子どもとおとなの違い-世界を前にしての驚き-/第2節 生まれるということ/第3節 身体によって世界を把握する三つのステージ |
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第2章 メルロ=ポンティと子どもの記述 |
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第1節 子どもが生まれた家では/第2節 生後15か月のあかちゃんの一本の指を/第3節 生れてはじめての把握を試みる時/第4節 子どもが動かすことができる物/第5節 子どもは、おばあさんの眼鏡を掛けて本をみた/第6節 乳児期に手本となるべき言語のモデルを持たない場合/第7節 子どもが色を見られるようになるとは/第8節 子どもが蠟燭の光で火傷をした後で/第9節 子どもは自分の夢を現実の世界のものとみなす |
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おわりに-身体が比較され得るのは、芸術作品に対してである |
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第Ⅲ部 誕生から<わたし>の生成にむけて-『いないいないばあ』から『おおかみと七ひきのこやぎ』へ- |
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はじめに-「だっこでえほんの会」における子どもたちの三年間 |
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第1章 絵本『いないいないばあ』から始まって |
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第1節 遊びの「いないいないばあ」/第2節 絵本『いないいないばあ』(松谷みよ子・瀬川康男)/第3節 絵本『いないいないばあ』が50周年を迎えた理由 |
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第2章 聴くということ・語るということ |
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第1節 聴くということ/第2節 語るということ |
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第3章 絵本『りんご』に、こんにちは |
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第1節 絵本のなかのりんごに、「こんにちは」/第2節 絵本のなかのりんごを食べる/第3節 絵本のなかのりんごに、「あ、Aちゃんだ!」/第4節 絵本『ぴょーん』で、ぴょんぴょん跳ぶか跳ばないか |
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第4章 絵本『もこもこもこ』で、踊り出す |
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第1節 絵本『もこもこもこ』の言葉/第2節 絵本『もこもこもこ』の絵/第3節 「あ、おっぱいや」/第4節 絵本『もこもこもこ』を読む |
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第5章 絵本『ちょうちょはやくこないかな』における物語の誕生 |
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第1節 絵本『ちょうちょはやくこないかな』/第2節 絵本のなかを流れる時間/第3節 時間の発見と物語の発見 |
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第6章 絵本『三びきのやぎのがらがらどん』でリミナリティ体験 |
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第1節 弟・妹の誕生/第2節 リミナリティとは/第3節 絵本『三びきのやぎのがらがらどん』の紹介/第4節 『三びきのやぎのがらがらどん』における<ヤギと橋>の関係/第5節 『三びきのやぎのがらがらどん』における<ヤギとトロル>の関係/第6節 子どもたちの読み取り/第7節 リミナリティと幼児期 |
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第7章 絵本『かいじゅうたちのいるところ』-私の「ひとなった」日々との遭遇- |
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第1節 絵本『かいじゅうたちのいるところ』と出会う/第2節 『かいじゅうたちのいるところ』の第一見開きを見る/第3節 「かいじゅうたちのいるところ」はどこにあるのか/第4節 私にとっての『かいじゅうたちのいるところ』 |
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おわりに-誕生から<わたし>の生成にむけて |
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終章 あらためて、子どもたちと絵本を読むということ |