書誌種別 |
図書 |
タイトル |
贈与と交換の教育学 |
サブタイトル |
漱石、賢治と純粋贈与のレッスン |
タイトルヨミ |
ゾウヨ ト コウカン ノ キョウイクガク |
サブタイトルヨミ |
ソウセキ ケンジ ト ジュンスイ ゾウヨ ノ レッスン |
人名 |
矢野 智司/著
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人名ヨミ |
ヤノ サトジ |
出版者・発行者 |
東京大学出版会
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出版者・発行者等ヨミ |
トウキョウ ダイガク シュッパンカイ |
出版地・発行地 |
東京 |
出版・発行年月 |
2008.2 |
ページ数または枚数・巻数 |
13,333,21p |
大きさ |
22cm |
価格 |
¥5400 |
ISBN |
978-4-13-051313-5 |
ISBN |
4-13-051313-5 |
注記 |
文献:巻末p7〜21 |
分類記号 |
371
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件名 |
教育学
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内容紹介 |
社会の原理を乗り超え、「外部」と「他者」と関わる人間の生成変容についての新たな地平を見いだす「純粋贈与」という概念。夏目漱石、宮沢賢治など純粋贈与者たちの語りをもとに、贈与と交換の観点から教育を問い直す。 |
著者紹介 |
1954年神戸生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程中退。教育学博士。京都大学大学院教育学研究科教授。著書に「子どもという思想」「ソクラテスのダブル・バインド」など。 |
言語区分 |
jpn |
タイトルコード |
1009811050743 |
目次 |
序章-限界への教育学に向けて |
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1 教育学の限界と限界への教育学/2 共約可能な経験と共約不可能な体験/3 死と供儀とエロティシズムあるいは純粋贈与/4 学校における体験のメディア/5 「交換としての教育」を侵犯する「贈与としての教育」/6 外部の孔と「贈与と交換の教育人間学」の課題 |
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第1章-贈与する先生の誕生とその死 |
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1 教育の起源をめぐって/2 世俗外個人の誕生と共同体への帰還/3 世俗外個人の還相あるいは先生の誕生/4 先生の死とその後の弟子/5 外部へと開かれる教育 |
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第2章-先生と弟子の物語としての『こころ』 |
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1 先生と弟子という問題/2 欲望模倣としての先生と弟子の関係/3 「先生」はなぜ「先生」となったか/4 「先生」はなぜ死ぬことになるのか/5 「先生」の死とその後の「私」/6 そして「私」から「私」たちへと贈与は続く |
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第3章-「先生」としての漱石 |
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1 漱石とその弟子という問題/2 漱石と「先生としての漱石」像/3 「先生としての漱石」像批判とその再吟味/4 『こころ』の「先生」と漱石/5 漱石の死と「先生としての漱石」像の誕生 |
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第4章-贈与・死・エロスにおける先生と弟子 |
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1 先生と弟子における贈与のリレー/2 エロスの共同体としての師弟関係/3 贈与された弟子の生 |
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第5章-子どもの前に他者が現れるとき |
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1 「教育問題」という物語/2 他者が出現する子どもの物語/3 外部の他者との出会いと自己の変容/4 外部世界からの贈与としての賢治童話 |
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第6章-異界が子どもを引き寄せるとき |
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1 問題としての擬人法/2 教育における関係論の貧困と教育の二つの次元/3 擬人法の認識論と政治学/4 逆擬人法という賢治の生の技法/5 異事と異界が出現する逆擬人法/6 人間中心主義関係論の転倒に向けて |
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第7章-交換の物語と交換の環を破壊する贈与 |
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1 罪と罰の物語/2 交換不能でプライスレスな物語/3 交換の環を破壊する出来事としての贈与/4 交換の物語・贈与の物語・出来事としての贈与/5 贈与と交換の教育人間学に向けて |
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第8章-生命の倫理としての贈与と心象スケッチ |
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1 純粋贈与者としての宮澤賢治/2 死者への負債感と交換の不可能性/3 負債感から溢れる贈与への転回/4 「教育問題」と生の技法としての心象スケッチ |
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第9章-生成と発達の場としての学校 |
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1 戦後理念の空洞化と子どもの現在/2 生成の論理と発達の論理/3 侵犯する生成としての教育/4 発達に向けて組織化された世俗空間としての学校/5 学校は生成の場となりえるか |
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第10章-純粋贈与としてのボランティア活動体験 |
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1 経験学習における理論的混乱/2 発達をもたらす経験と生成を生みだす体験/3 純粋贈与としてのボランティア活動/4 ボランティア体験学習という名の授業 |
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第11章-羞恥のマナーから歓待のマナーへ |
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1 マナー問題と文明化/2 礼儂作法の縮減としてのマナー/3 植民地主義としてのマナー問題/4 純粋贈与としてのマナー/5 羞恥のマナーから歓待のマナーへ |
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終章-贈与=死のレッスンによる個人の生成 |
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1 負い目に基づく教育の起源/2 犠牲となった人々への負い目に基づくネーションの教育/3 純粋贈与者による贈与に基づく教育の起源/4 贈与=死のレッスンによる個人の生成/5 死のレッスンと死の美学化の陥穽/6 共同体としての学校へのユートピアによる侵犯/7 繰り返される「最初の問い」の過剰さ |