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資料の状態
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No. |
資料番号 |
資料種別 |
請求記号 |
配架場所 |
状態 |
貸出
|
1 |
0000806141 | 図書郷土 | KM360/1/ | 貴重書庫 | 禁帯出 |
× |
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書誌情報サマリ
タイトル |
備中国浅口郡亀島新田図
|
出版者・発行者 |
〔出版者不明〕
|
出版年月 |
1846(弘化3) |
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
書誌種別 |
郷土図書 |
タイトル |
備中国浅口郡亀島新田図 |
タイトルヨミ |
ビッチュウ ノ クニ アサクチゴウリ カメシマ シンデン ノ ズ |
出版者・発行者 |
〔出版者不明〕
|
出版地・発行地 |
〔出版地不明〕 |
出版・発行年月 |
1846(弘化3) |
ページ数または枚数・巻数 |
図1枚 |
大きさ |
75×80cm(折りたたみ22×14cm) |
分類記号 |
360
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内容紹介 |
絵図の押された印から塚本吉彦、渡辺知水が所蔵していたものだと考えられる。絵図の題目は亀嶋新田図となっているが、絵図中央に位置しているのは福田新田予定地だと思われる。したがって福田新田に関する絵図だといえよう。天保12年(1841)3月27日倉敷代官高山又蔵が岡山藩郡奉行吉田勘左衛門、郡目付原田勝作に福田新田の見込絵図等を示した。つまり福田新田開発が動き出したのである。この時の高山又蔵の「口達之覚」によれば「川内ニ成町歩可相減分」として「合反別九拾壱町四反歩余」とある。この数字は絵図中の「新開反別凡九拾壱町四反歩余」と一致する。この一致は幕府側が川内になって減少する土地を岡山藩側の新開場で確保することを意味している。絵図中の「新開大縄反別弐百四拾町六反七畝拾歩余」は岡山藩が開発する幕府の新開場だと考えられる。天保13年(1842)9月倉敷代官が高山又蔵から藤方彦市郎に交代する。弘化3年(1846)2月藤方彦市郎は岡山藩郡奉行吉田勘左衛門、郡目付河間右源太を倉敷に呼んでいる。「先年高山又蔵より談し有し如く都合三百三拾壱町歩新開之義我藩へ引受差支無之哉之旨談し有之二付」と「池田家履歴略記続集 後編」にあり、倉敷代官藤方彦市郎が前任者と岡山藩との合意事項を確認したと考えられる。3月23日に郡奉行吉田勘左衛門は倉敷へ出張し、新開目論見場所を見分している。見分後の倉敷代官「口達之覚」では新開場大縄反別が三百四拾三町七反壱畝歩余となっている。つまり天保12年の時よりも広い土地を開発することになったのである。絵図中の新開大縄反別と新開反別の数字を反以下を切り捨てて合計すると三百三十壱町歩となる。これは弘化3年2月に藤方彦市郎が持ち出した天保12年の高山又蔵の数字と一致する。また絵図には「弘化三午二月」の文字が記されている。以上のことから弘化3年2月に倉敷代官藤方彦市郎と岡山藩側が話し合いを行うがその際に用意された絵図の写しだと考えられる。 |
言語区分 |
jpn |
タイトルコード |
1005110040515 |
目次
内容細目
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